はじめに

しまねソフト研究開発センター(以降「ITOC」)は、県内企業が地域課題を解決するサービス・製品を開発する支援を行うため、IoT・AI関連機器の整備を行い、事業創出に取り組んでいます。
その中でも、ITOCで整備する機器を県内事業者の皆様と共同利用を行い、新たな商品やサービス創出に向けたチャレンジをサポートしております。

この度、島根大学医学部眼科学講座 様とアイトラッキングシステム(Tobii Proグラス2)の共同利用を行いましたのでご紹介いたします。

(※本取組における写真は、眼球に生体認証情報が含まれることから一部モザイク処理を施しております。)

経緯

眼科手術における手術技能の伝達は、従来は指導医から研修医に対して術中指導や術後に手術動画の振り返りを行ってきました。しかし、手術技能の伝達において言葉では伝えにくい暗黙知があるとともに、その暗黙知を評価および教育する方法が難しいという課題があります。そこで、アイトラッキングシステム(Tobii Proグラス2)の共同利用を行い、術者の視線が何処にあるのかを把握することで、作業認知プロセスを明らかにする取組を行いました。さらに、術者練度による視線の動きの差異を検討することで、手術技能の向上のために暗黙知の可視化が図れないかを取り組みました。

そこで、今回の共同利用では3つのテーマで取組を行い、その内容と成果を以下のとおり、ご紹介いたします。

共同利用における取組と成果

(1)豚眼を用いた白内障ウェットラボ実習におけるアイトラッキングシステムの活用

wet-labo

取組内容

  • 眼科医(医師)による豚眼を用いた白内障ウェットラボ実習において、アイトラッキングシステムを体験するとともに、その活用可能性を検討しました。

成果

  • 白内障手術技術の伝達は、指導医から研修医に対して、従来は術中指導や術後の映像を振り返ることで実施していました。
  • アイトラッキングシステムを用いることで、言葉だけでは伝達できない暗黙知が、指導医と研修医の術中の視線データを比較解析することで、あぶり出すことができる可能性が検討できました。

課題

  • 眼科手術の多くは顕微鏡システムを用いた手術となるため、現在のアイトラッキングシステム(ウェアラブル型アイトラッカー)では十分な視線解析ができない。

(2)視能訓練士による外来での視機能検査と弱視訓練におけるアイトラッキングシステムの活用

取組内容

  • 視能訓練士による外来での視機能検査と弱視訓練において、アイトラッキングシステムを体験するとともに、その活用可能性を検討しました。

成果

  • 小児の弱視斜視外来では、子どもの視機能を視力検査・立体視差検査を行なうことで測定していますが、子どもは大人と異なり集中力が続かないため、視機能測定の信頼性が低い場合があります。
  • そこで、アイトラッキングシステムを用いて、子どもの視線解析を行うことにより、視機能測定や検査における信頼性を向上できる可能性が明らかになりました。

(3)3Dヘッドアップサージェリーを用いた眼科手術における手術技能の評価・学習

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取組内容

  • 3Dヘッドアップサージェリーを用いた眼科手術において、アイトラッキングシステムを活用した手術技能の評価を行うとともに、練度の高い術者の傾向や暗黙知の検証を行いました。
  • 3Dヘッドアップサージェリーとは、顕微鏡を覗かず、顔を上げて目の前に大きな3Dモニターを見ながら行う次世代の眼科手術です。術者は、専用の偏光メガネを装着して3Dモニターを見ながら眼科手術を行います。従来の白内障や網膜硝子体などの眼科手術では、顕微鏡を覗きながら行います。

成果

  • 通常の眼科手術における記録動画は術野の状態しか分かりません。アイトラッキングシステムを用いると、顕微鏡の術野以外で何が起きているのか術者目線で分かるため、指導用動画として有用でした。
  • また、アイトラッキングシステムの動画には、音声も含まれているため、手術中の患者への声掛け等も再現できている点は評価することができました。

課題

  • アイトラッキングシステムを術者練者によって比較しようとしても、3Dヘッドアップサージェリーは熟練者でしか行っていないため、単純な比較が難しい。
  • アイトラッキングシステム(ウェアラブル型アイトラッカー)と3Dヘッドアップサージェリー(偏光グラス)の異なるシステムを重複しているため、視線の動画データに白飛びやコントラストの問題が生じてしまう。

振り返りと今後の可能性

共同利用の結果、従来の眼科手術では「手術技能の評価や指導は言葉だけでの伝達が困難」という課題に対し、アイトラッキングシステムを用いることで「従来の顕微鏡の術野以外の状況把握ができる」ことや「術者目線で、視線と音声も含めた映像記録として振り返りができる」といった点で有用性が得られました。さらに、共同利用を通じて「子ども向けの視力検査や立体視差検査における信頼性の向上」といった、テクノロジーによる課題解決の可能性が示唆されるなど、様々なアイデアが生まれるきっかけとなりました。

上記のことから、アイトラッキングシステムによって、眼科手術における術者の作業認知プロセスを明らかにするだけでなく、眼科手術における技能伝達に向けた課題と解決に向けたアプローチを明確にすることができたと考えています。また、アイトラッキングシステムによって解決するのではなく、例えば手術技能の向上を目的とするXR技術を用いたシミュレーション・ソフトウェアなど、様々なアプローチによって課題解決が図れるのではないでしょうか。

今回の共同利用を通じて、多くの眼科医と視能訓練士の方々にアイトラッキングシステムを体験いただき、各自の視点で視線データの活用可能性を検討することができました。今後も課題解決に向けたアプローチや有用性の検証などで、アイトラッキングシステムの活用が図れるのではないかと考えています。

まとめ

今回の共同利用では、眼科手術における術者の作業認知プロセスを明らかにすることができました。
そして、視線データによって術野以外の状況を明らかにするとともに、暗黙知の可視化に試みることができました。

共同利用後、島根大学医学部眼科学講座様よりコメントをいただきました。その一部を抜粋して紹介いたします。

  • アイトラッキングシステムは、メガネ(ウェアラブル型アイトラッカー)を装着するだけで、術者の負担は少なかった点が評価できます。
  • 加えて、アイトラッキングシステムによる視線データの解析は、想像以上に詳細まで把握できることが分かりました。
  • 一方で、一般的に用いられる顕微鏡システムでの眼科手術とは相性が悪く、3Dヘッドアップサージェリーの眼科手術のみに活用が留まってしまった点は残念。
  • また、アイトラッキングシステムは眼科医1名で気軽に運用できるようなシステムではないことが挙げられます。

今回、3Dヘッドアップサージェリーにおけるアイトラッキングシステムの活用において、次世代の眼科手術であることから最新技術の活用可能性を大いに感じさせるものでした。この共同利用事例について、より詳しい内容を知りたい方は、以下よりお問合せ下さい。

今後もITOCでは、県内事業者の皆様と新たな商品やサービス創出に向けたチャレンジをサポートしてまいります。

お問合せ先

公益財団法人しまね産業振興財団
しまねソフト研究開発センター(ITOC)
担当:渡部
Phone:0852-61-2225
Email:itoc@s-itoc.jp