佐藤一郎 氏

しまねソフト研究開発センター(以下:ITOC)では、県内においてIT分野での技術発展とオープンイノベーションの加速に資する事業を展開しています。
この先端的な取り組みにおいては、高度かつ専門的知見が必要となることから、ITOCでは現在7名の有識者に顧問を委嘱しております。
顧問の皆様は日本を代表する専門家の方々であり、社会的にも非常に影響力のある方々です。

このたび、〔ITOC顧問インタビュー〕を企画し、ITOC顧問の方々に高度かつ専門的な観点から島根県のポテンシャルやIT分野の技術発展などについてお話しいただきました。

第四弾は、佐藤 一郎 顧問(国立情報学研究所 副所長 情報社会相関研究系 教授) にインタビューを行いました。

(インタビュー日:2019年9月26日)



―ITにおける技術開発の潮流は。

前提として、技術だけではブレークできない時代になりつつあることを認識しなければならない。例えば、国内サービスが始まる5Gを考えてみても、新たなジェネレーションの通信サービスが使えるだけであって、そこに市場があるかどうかは別問題。「何に使うか」という視点が重要になってくる。

だからこそ、個々の技術よりも全体の方向性を考えることが重要だ。一つは、我々が生きている現実世界とコンピュータの世界であるサイバー世界の距離が短くなり、不可分になっていくという方向性。もう一つは、コンピュータの認識能力が高まり、データ分析能力が高度化するという方向性だ。

まとめると、現実世界においてコンピュータが人間の状況を察して、その状況にあった支援をしてくれるということ。具体的な技術やサービスを確立するためには、あらゆるデータが必要になる。


―島根県のIT産業振興に必要な視点は。

IT、特に通信ネットワークが社会にもたらせるのは、空間的な距離を短くし、コミュニケーションに要する時間を短くすること。私が勤務する国立情報学研究所は「SINET」と呼ばれる高速な情報ネットワーク(100Gbps)を提供し、島根大学など47都道府県に設置した拠点から、多くの大学や研究機関がインターネットに高速接続している。今後、5Gなど通信技術のさらなる進化によって、地方と東京の差はさらに小さくなる。

一方、経済活動の中心も工業製品などの有形物から、知識やサービスといった無形物に移行しつつあり、工業地域を抱えていない地域が、直ちに不利とは言えない時代にもなった。これまでは労働者の絶対数が産業競争力だったが、これからは人数ではなくマーケットに対する対応力や発想力、創造力が重要になってくる。人口が減ったとしても、無形物を担える人材がいれば十分に戦えるはずだ。地方の産業振興を考える時、勝手に「地方は不利だ」と思い込むのではなく、通信ネットワークや経済構造の変化を理解してマインドチェンジすることが大切だ。

マインドチェンジという意味では、県内企業が投資を集めるという観点から、県外企業による買収などのM&Aを経営ゴールの一つとしてとらえるべきだし、県や地元メディアも補助金を受けた企業が買収されることをポジティブにとらえることも必要だ。



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―意識改革に加えて、求められる具体的な施策は。

紙ベースの行政手続きなどのレガシーなものを捨てて、徹底的に行政のデジタル化を進めるとともに、デジタル地方自治のための条例や行政手続きなどのルールを作ってもらいたい。

重要なのは、デジタル化のために作ったルールを他県に広めること。地方自治体のデジタル化は遅れているし、ルールは国を含めて全国的に未整備なまま。先に島根県がデジタル化と必要なルール作りを進めれば他県も導入するし、島根県内企業はルールに関わる経験とノウハウを持っている訳で、圧倒的に有利だ。

好例が日本発祥の「母子手帳」制度。東南アジアに広まりつつあるが、母子手帳の導入によって、医療システム全体が日本型になり、日本の関連企業が東南アジアに進出するきっかけになった。

東京でも地方でも人手不足が企業活動のネックになっている。人材を増やすことは簡単ではないし、一つの地域において人材を増やすことはさらに難しい。企業は長期的な計画を立てるべきだし、県はそれを支援してほしい。特に従来の産業政策では、道路などの公共投資により地域における雇用数を増やすことに注力してきたが、IT化により無形資産が重要となる時代には少人数でも無形資産の価値を高める人材が必要。そのためには人材が有している発想力や対応力を高める育成が求められる。

 

―官民をつなぐ役割としてのITOCをどうみる。

ITOCは全国的にも珍しく「Ruby」をはじめとするソフトウェアという無形資産の育成に努めていることから、高く評価している。しかし、ソフトウェアは差別化要素ではなくなりつつあるのではないか。むしろデータが企業のビジネスの源泉であり、差別化要素に変わりつつあるのではないか。ITOCはターゲットをソフトウェアからデータにシフトすべきだと思う。

データの蓄積という意味で圧倒的に強いのはGoogleだが、Googleでもすべてのデータを持っているわけではない。ITOCは県の組織として、県が取得できるデータを県内企業に提供すべきだ。例えば、県が管理している橋梁の振動データ。振動データからは、橋の劣化状況がある程度予測できるはずで、実際の劣化状況との相関関係を割り出せば他の橋梁にも応用できるビジネスができるはずだ。全国的にインフラの維持管理が社会問題となる中、ノウハウを蓄積できるようデータを提供してあげれば、県内企業が県外にも打って出られるサービスができるだけでなく、島根県内企業限定でのデータ公開であれば企業進出の呼び水になる可能性もある。